目指せ連載!! ボウリング漫画への道

ことば

宙を舞う塵の数ほどある情報も、使いようによっては確かにこの混沌とした世界をサーフィンしていくための武器になるかもしれないが、情報収集のパッチワークのような考え方や表現を世に向かって提示してみても、結局は人の心をつかむことはできない。情報宇宙の小さな星として生息している私のような人間にとって大切なことは、情報のコレクターになることではなく、たとえ幻想であったとしても、情報の震源地になるくらいの気迫を持ちつづけることであろう。

白いキャンバスを前にして、描くべき何かを持っていることほど幸せなことはない。瞬発力と集中力と持続力を身につけて、知性と品性と感性を磨く。磨いて、磨いて、磨きつづける。あるとき、ふっと深い霧が晴れるように、何かが少しだけ見えてくる。世界をリードするすぐれた表現者は、異口同音に私に向かって語りかける。
表現者にとって最も大切なことはDiscipline(訓練・鍛錬)だと。私も200パーセント、同感である。


 何でもかんでも貯め込んで準備に余念のない人種というのは、意外といざというときにそれを使う勇気がなかったりするもので、周りから「勿体ない」と言われるケースが多い。
 才能や豊かな技術を身につけているにもかかわらず、自分でそれを有効に使えず、周囲の「あいつがちゃんとやったら凄い」という根拠の薄い期待と羨望に本人が満足して、一生ろくな仕事が出来ない奴の一人や二人はどこの業界にもいるであろう。
 そういう人種は得てして実践に必要な忍耐と勇気と集中力が欠如しており、そして人前で恥をかくことに対する畏れに足がすくんで、表舞台に立つ機会を無意識に遠ざけ、結果、舞台裏で来る日も来る日も来る日も来る日も不毛な寝言のような批判ばかりを続けるわけである。

にんげんねもなくへたもない
みちにさまようちりあくた
ときのながれにみをまかすだけ
しょせんこのみはつねならず
おなじこのよにうまれりゃきょうだい
えにしはおやよりふかいのだ
うれしいときにはよろこんで
ともだちあつめてのもうじゃないか
わかいときはにどとこない
あさがいちにちにどないように
いきてるうちがはなではないか
さいげつひとをまたないぜ
陶淵明|意訳・川島雄三

生活者としての絵描きは 肉体労働者にほかならぬ。

 私はおよそ二十五年の間、真正なる画家になろうと努めながら、いまだに半可通な絵描きにとどまる 者であり、生活者としてはイラストレーターなる適切な訳語もない言葉で呼ばれて、うしろめたさと恥ず かしさを覚える者である。ここに集められた作品の殆ど全ては、その生活者が、様々な依頼者の指示 の下に制作して来た、おびただしい数の旧作の中から拾い上げられたもので、良くも悪しくも、多少の 想いのこもるものばかりである。

絵を描くことは肉体労働に他ならぬと考える日銭生活者の私は、仕事が選べるほど優雅ではない。 寄せられる仕事は可能な限り引き受け、依頼者の示す条件を満たすべき作品に仕上げようと努力する。 私に描けるか否かは、発注の時点で検討済みであろうし、その期待を裏切るわけにはいかない。主題 が何であれ、描けないと云うことは出来ない。生活者の五分の魂にかけて、いかなる主題といえども 描き上げねばならない。

それらしく描き上げねばならぬ主題はかなり広範囲にわたる。細胞と宇宙、女体と軍艦、肥えた政治 家とやせた狼男、義経とパーマー、三国志と近未来戦争、恐竜と拳銃、ベートーベンと日本赤軍……… 世界の多様性そのままに、主題は脈絡もなく移り変り、情緒と感覚だけでは処理し切れない。資料の 良否が作品の出来具合を決定する。写真、切り抜き、他人の絵、百科事典、週刊誌、専門書に現物 のモデル……使える資料は可能なかぎり集めよう。一隻の船、人物の顔一つという主題が単一の場合 は、資料の精密さのみが頼りであるが、複数多数の要素を最大限に取り入れねばならぬ時は、遠近 法も相対的な事物の大きさも位置関係も敢えて無視しよう。依頼者の指示は、主題、期限は当然とし て、さらに画面の構成、資料の配分、材質、寸法、用途、果ては色彩の微妙な感じにまで及び、私 の受けるべき報酬と充分に匹敵し得るものとなる。

私は肉体労働者であり、作業の全工程を手仕事で進めたい。定規、コンパス、筆、ペン、鉛筆と できるだけ単純、ありきたりな道具を使い、制作中に機械による丸写しや、無機質な絵肌を作ることを 好まない。一貫して、眼と手によって画面を支配したい。習練を積むことで手は更にその働きを滑らか にし、女の肌から鋼鉄の輝きに至る無限の諧調を描きわけてくれるだろうし、眼はその手の操作を充分 に制御してくれる筈だ。この手と眼に対する絶対信頼は原始的信仰の如きものであり、過酷な時間との 競争、非個性的な作業の連続を耐えさせてくれる。

生活者たる私は、依頼された作品を制作するに当り、主題の事物の裏に展開し得るだろう別な世界 に想いを巡らすことなど決してしたくない。形象そのものの改変、異なる世界の構築などという深遠なる 大事業は、自由にして真正なる者の作業領分であって、生活者としては資格欠如の逸脱行為であり、 依頼者との即刻訣別を意味する。触知し得る外観にのみ視野を限り、事物の形、光と影を描き写すこ とに今は専念しよう。

依頼者は依頼者のための、絵による解説図を求めているのであり、その版図は形象の比岸にのみ拡 がっているのだから。

出典:『生頼範義イラストレーション』(徳間書店)1980年